北欧 バルト ロシアの旅

2018年6月17日 出発

およそ半年前から計画していた今回の旅。時々不安になったり迷いもあった。直前になって今までにないくらいに読書をして、やっぱり旅が必要、するのが当たり前のような気持になった。

AM8:45。手配していたタクシーが自宅前に着いた。関空へ。思っていたより空港は人であふれかえっていた。中型のいつもの荷物を預けチケットを貰って予約していたWi-Fiを受け取り。両替をユーロ、コルネ(クローネ)、ルーブルにしてそれぞれの場所に収め記憶する。

フィンエアーは新しい機種で快適。機内食もまずまずでよかった。が、ロシアに入る上空で乱気流が随分長く続いて心配した。同じ飛行機で日本人の同世代の人に話しかけたら、フィンランドに住む娘に会いにいくと言われて出国が不安ということで一緒に出国した。イミグレーションでは少しうるさく聞かれた。ヴァンター空港からヘルシンキ中央駅まではフィンエアーのリムジンバスがかなりの便数で出ているので駅まではすんなり行けた。後はホステルまではトラムに乗って行けばいいと言われて初めてトラムに乗る。

トラムとは路面電車のことでヘルシンキの街を網羅しているので便利。しかし初めて乗ったときはどうすればよいかわからず戸惑った。近くにいた若い女の子にスマホにアプリをダウンロードしてクレジットカードでその都度運賃を支払うことを教えてもらう。今年の3月からトラムの中では現金を払えないようになったらしい。その時は結局わからないままだったので、降りてと言われてしまったので降りた。間違ったり料金が払えなかったらすぐに下車させられる。幸いなことに降ろされた駅は目的の駅だった。

夜は近くのBALでフィッシュ&チップスを食べた。ビールは自信がなかったのでアップルサイダーでもと飲んでみた。ビールと同じくらいアルコール度数は強くて飲み切れず価格も高かった。時差もあるけど白夜で夜は暗くならないので眠りにくい。

今日から二泊するのはユーロホステル。簡素なベッドと机があるだけ。フロアごとに男女のシャワーとトイレ、キッチンがある。フィンランドはBOOKINGする時、結構価格が高いのでホステルの一人部屋を選んだ。

注釈)そもそもフィンランドってどこにあるのか。結構、遠いところです。

2018年6月18日 フィスカース(Fiskars)

時差ボケで早く起きすぎた。昨日学習したトラムのアプリを入れるのに成功。さっそくトラムに乗ってヘルシンキ中央駅へ行く。このトラムはアプリを立ち上げてチャージすると80分間乗り放題。アプリの中で時間を知らせてくれる。

実は今日は、フィスカルスに坂田ルツコさんを訪問する予定。駅は大勢の人だった。クロワッサンと紅茶を朝食に。切符売り場が分からず、聞いてみたところキオスクで買えるようだ。インターシティーは早くからホームに来ていたので乗り込む。列車ではwifiが使えて快適。暫く走っていると、いかにもフィンランドらしい草原と森が見え隠れする。

カルヤー(Karjaa)いう駅で下車してバスに乗り換える。駅の周りは工事をしていてバス乗り場が分かりにくい。私と同じようにバス乗り場を探している三人連れの日本人女性を見かけたので話しかけてみた。彼女たちもルツコさんを訪問するとのこと。一緒にバスを探してフィスカースに向かう。バスは列車の到着時間と連携していて1時間に一本しかない。三人の女性は、フィンランドで美術を勉強している交換留学生とか。

無事にルツコさんに会えて、爽やかなフィスカルを散策する。11時になってお店や美術館が開きだして、ヨーロッパの現代アートに触れる。ヨーロッパで活躍している日本人の作品もあった。

ランチに鮭のフィンランド風をチョイスしてとても美味しかった。食後はショッピングをして回った。本屋さんではアート関係の本がなかなか充実していて、他よりも安く買えるようなので留学生は熱心に調べて買っていた。

ルツコさんは最後に自宅へ連れて行ってくださり、家やアトリエを見せていただいた。広い敷地にシンプルな家が手作りのようで森と泉にマッチしていた。しかし冬は厳しいだろうな、と思う。ルツコさんのパートナーはシンプルな家具を作っている。

帰りは駅まで車で送ってもらうことになったが、1時間に1本しかない列車を目の前で乗り過ごしてしまい、次の列車まで時間をつぶせるレストランを必死に探した。1時間後、ようやくヘルシンキ行きの列車に乗れた。日曜日はBALなどは営業していないところが多いみたい。

フィスカースは昔ハサミを作っていた工場があったそうだ。そこにアーティストが集まり刺激しあって村を作っている。彼らは制作した作品を村で展示したり販売したりしている。商売気はあまりないように思える。

注釈)坂田ルツコさんはフィンランド在住のフェルト作家。http://www.rutsuko.net/jp/profile.html

赤いマークがフィスカースの場所です。

2018年6月19日 ヘルシンキ

肌寒い朝。地図を見れば大聖堂も近いし町歩きをすることにした。荷物は午後3時まで預かってくれるから部屋はチェックアウト。6時に朝食を買っていおいたパンとお茶ですませる。海に面しているフリーマーケットを見つける。10時から評判のスープの店がオープンするらしいけど待てないのでウロウロしていたらFazerというチョコレートの老舗のお店が賑わっていたので入ってみる。

出典 GOOGLE MAP
この辺をウロウロ

大きなお店で朝のモーニングもボリュームたっぷり。スムージーとパンをまた食べる。この店のチョコレートのお菓子はフィンエアーによく出されている。

ガイドに載っていた本屋に行く。確かに大きな本屋で文具とか絵具も売っていたが今回は買わない。本屋の近くをウロウロ。マリメッコ、イッタラのお店がある。Sellを見つけてマリメッコで買い求める。

雨が降り出したので、それも凄く降り出したのでhostelに戻る。今夜は船に止まってスウェーデンに行く予定なのでシリヤラインの乗り場までトラムを2度乗り換えて行く。シリヤラインの乗り場はすごい人で1時間前からチェックインして乗船した。大したことはせずにすんなり船室に。

船の事は以前から聞いていたけど価格によって待遇が違うみたい。12階建てでエレベーターで部屋に行く。私の部屋は一番安いので窓から何も見えない。エンジンの音がちょっと聞こえる。船端事は以前から聞いていたけど価格によって待遇が違うみたい。12階建てでエレベーターで部屋に行く。私の部屋は一番安いので窓から何も見えない。エンジンの音がちょっと聞こえる。船端(ふなばた)にぶつかる波音も時々聞こえる。

ディナーを予約していたので(予約すると10%安い)、ビュッフェに出かける。席を指定されて、食べ放題の日本でいうバイキング形式。魚が豊富で、特にサーモンはいろいろな調理法のものが美味しく、久しぶりのゆったりご馳走。船から見るヘルシンキは素敵。

食事の後、のんびり船が船が島々をギリギリすり抜けていくのに見とれた。船の中はshopが沢山あり、乗客は免税店でビールなどを大量に買っていた。トイレもシャワーも付いている部屋なのでのんびりと休んだ。

注釈)シリヤライン(タリンクシリヤライン)とはフィンランドのヘルシンキ、スウェーデンのストックホルム、エストニアのタリン、ラトビアのリガなどバルト海沿岸の主要な都市間を運航する定期クルーズフェリーのこと。https://www.tallinksilja.com/ja/japanese

2018年6月20日 スウェーデン

フィンランドと1時間の時差があるスウェーデンのストックホルムに船は着いた。港は大工事中なのか地上に作られた道をただひたすら歩く。思わぬところに地下鉄があり3駅乗ってそこから15分くらい歩いてシティバックパッカーズホステルに到着。

チェックインまで時間があるのでガムラスタン旧市街に出かける。ノーベル博物館・宮殿を見学して、明日絵に描きたい所を見つける。スウェーデンは皇室が揺るぎない国だと思った。

ノーベル博物館では山中教授が人気なのだと思う。おそらく日本の観光客が多いからかも。彼の椅子は特別な所に展示されていた。

宿泊するバックパッカーズはシャワー、サウナ、トイレが階下にあり、部屋はコンパクトだった。それぞれの部屋は狭いが、共有の寛ぐ部屋は楽しい。センスのある部屋で、レモン水とかコーヒーを自由に飲める。となりにレストランが付いていたのでガスパチョとパンとチョコを食べる。物価は高い。

朝ごはんは10ユーロもするので日本から持参したインスタント春雨スープと現地で調達した果物で軽く食事してスケッチを兼ねて出かける。

雨の予報だったけど準備してノーベル博物館の前を描く。描いていると近くの老舗のベーカリーが開いたのでカルダモンがたっぷりかけられたコルネを食べる。このコルネパンは絶品だった。北欧でコーヒーや紅茶を注文すると、コーヒーはコーヒーメーカーからお代わりが何度でもできる。紅茶はお湯とティーバッグが用意されているのでこれも好きなだけ飲める。日本のカフェと少し違う。

日本で調べていたお土産によさそうなものを見つけたがあまりに高価なので買わず。しかしながら通貨クローネを他国では使用できないのでスーパーでお茶とチョコを買った。

次に向かう国は、再び船に乗って行くので来た道を戻ることをする。しかし夕方の船なのでランチをどこかで、ガタガタ荷物を引きずってメインストリートを歩いていた。この道は石のライオンがあちこち置かれて車が入れないようになっている。

日本で見かけるような、おじさんが看板を持ってランチの呼び込みをしていたので行ってみた。ここはストックホルムなのにロンドンという店だった。店内はこの町の人ばかり。ビール、パン、サラダ、コーヒー、魚か豚を選ぶということで魚のフライを選んだ。付け合わせのポテトがすこぶる美味しい。このレストラン「ロンドン」の壁はアメリカの俳優のポスターが貼られていた。価格はリーズナブルだった。

37クローネで地下鉄に乗りひたすら歩いてシリヤラインの港に着いた。次の国、ラトビアのリガ行きの船は値段が安かったのでランクを上げて海の見える部屋を予約した。おかげで快適だった。食事は前回(フィンランド→スウェーデンの時)とあまり変わらなかった。相変わらずサーモンとか酢漬けの小魚を選んで食べ過ぎるくらいに食べた。

ちなみに船の中は無料のWi-Fiが使えたが個室の中はアンテナが立たなかった。船の中のアナウンスは聞いたことのない言語で、何か危険を知らせるときはどうなんだろうと初めは慣れなかった。船は12階建てでヨーロッパの人たちであふれんばかり。今回はなんと8階。家族連れで小さな子供も沢山いた。夏が短いこの地方の人たちはこの時期を楽しむんだ。

2018年6月22日 ラトビア リガ

小さな島々をくぐり抜けるように船はゆっくり進んで行く。昨夜はエンジンも波音も微かでゆっくりできた。船室で洗濯をしてサッパリした。船からの出口が少なくて下船に手間取った。

いよいよリガだ。トラムか電車に乗る予定だったが駅が見当たらずにひたすらグーグルマップを頼りに歩く。歩き出したら大きな森とか教会とかが次々と現れて疲れたけど楽しかった。ロシア時代の崩れかけたような建物などが混在して不思議な街だ。

リガを紹介していたリガ好きの人のお勧めセントラルホステルに25分かかってたどり着く。到着した時間が早くてチェックインはできないので周辺散策に出かける。

リガの駅の南側に驚くべき市場があった。その市場はソ連時代の格納庫だったらしく食材は素晴らしい。料理人は楽しいだろうな。世界一の規模だそうだ。そこで好きなものを入れてもらって計算して代金を支払うというシステムの食堂があったのでランチしてみた。相変わらずポテトは美味しいしスープもなかなか味が良い。値段も気に入った。リガの市場、結局毎日行くようになった。

国際バスターミナルも見つけてチケットも買う。

セントラルホステルは受付がとても優しくて下手な英語に対応してくれた。若い学生やロシアからの旅行者、年配の人たちでいつもいっぱいだった。肌寒い気候だ。

2018年6月23日 リガ 2日目

朝から旧市街にでかける。

リガの街は、昔からの建物が手を入れられないままに「ぽっ」とあったり、大きな木がある森のような緑の濃い寛ぎやすい公園がある旧市街と、近代的な建物があるシティーが隣り合わせになっている。

旧市街はコンパクトな街なのでわかりやすい。リガドウモ、ブラックフェイス協会、三兄弟ハウス、猫の家、そしてタワーに上る。狭い螺旋階段でちょっと大変だった。スケッチも数枚描けた。

たまたまこの日は年に一度の夏至祭だそうで柏の葉で作られた頭飾りや、ハーブで飾る頭飾りをつけて皆で夜中まで音楽やダンスで楽しむそうだ。ダウガバ川に大勢の人が集まり、豚の丸焼きとかラトビアのためのが売られて楽しんでいた。ラトビア音楽がずっと歌われていた。知り合いもないので少し食事をしてホステルに戻った。

2018年6月24日 リガ 3日目

朝から肌寒い。ソ連から独立した時の自由の塔、宮殿、オペラハウスを歩きポストをやっと見つけて投函する。リガの街はポストが数個しかない。今日は日曜日なので市場も、大方のレストランはお休み。駅近くのスーパーが開いていたので昼ご飯と晩御飯を買う。ホステルはレンジとかお湯とかは使えて食事のためのテーブルも準備されている。

今回の旅は何事もなく順調に過ごせていたのにトラブルが発生した。デビットビザカードが見当たらない。取り敢えず探すべきところは探してみた。いつもしまっておく所に入れていて、時々確認もしていたのに、ない。決断速く紛失及び再発行の電話をした。直ぐに現地で再発行したければ1万円を支払えば可能らしい。もう一枚ビザカードを持ってきているので何とかなるだろう。アメックスも持ってきているがリガでは利用できる所が少ない。ほかに三井住友のアメニティービザはなぜかPINが起動せず使用不可。3枚持ってきたビザカードのうち2枚が使えない状況。

デビットビザは現地で通貨を自分の日本の預金口座から出せるので便利だろうと用意してきたのに残念。節約しよう。そしてかなり落ち込む。

音楽を聞いて絵にインクを入れる。気分はかなり持ち直す。

2018年6月25日 リガからタリンへ

バスターミナルのあるリガ駅の付近は歩道がなく道を渡るのは地下を使う。カートを使うのが厳しいとホステルの人に相談してみたところ、タクシーを勧められた。3ユーロで行けるよと言われて実行。朝から小雨、そして肌寒い。

午前7時50分 予約していたタクシーでバスターミナルに着く。バスは15分前に到着。9時発のタリン行きのバスに乗車。ごく普通のバス。大きな荷物をば明日の横に格納して出発。しばらく走っていると草原に出て、さらにひたすら走り続ける。日本の長距離バスと同じで真ん中あたりにトイレが付いていた。大方満足。65歳以上は10%引きだった。3時間余り走って隣国のエストニアのタリンに着いた。

ヨーロッパはバスが便利になっている。電車よりストレートに移動出来て本数も結構多い。バスの中でもWi-Fiが使えて助かった。バスターミナルは日本のイメージで探すと難しい。地下とか、二階とかにバスが停まっているいるので見過ごすことがある。

タリンに着いて、トラムに乗ってアパートメントに行く。日本にいる時にアパートのオーナーからメールが来ていた。私が泊まる時、彼女(オーナー)はバカンスなので不在になるため友人に鍵を預けておくといっていた。メールのやり取りで私のおよその到着時間を知らせていたのだけど・・。アパートメントの住所の近くまできてうろうろしていたら、その友人が出てきて案内してくれた。彼女は英語が苦手らしく、ヘルシンキに嫁いでいる産み月の娘を呼び寄せていた。その娘さんからアパートメントの説明を聞いた。

アパートメントはメゾネットでキッチンも付いているきれいな物件。多分、3人用のアパートメント。旧市街もすぐ近くだった。荷物を置いてぶらっと歩いていみた。すぐに大体の街がわかった。スーパーで朝用のヨーグルト、ミューズリー、フルーツなどを買う。

2018年6月26日 エストニア タリン

天気が良かったので気持ちが良い。温度も上がって昨日下見していた所に出かけてスケッチを2枚描く。螺旋の階段の塔に登り街を見下ろしたり、城壁を歩いてみたりした。城壁の上から眺めると可愛い街だ。リガとはまた違った建物で、色、形が独特な面白さがある。

たまにはおすすめの美味しい昼ごはんを食べてみようと調べて見つけた店が開くのを待つ。おすすめのランチは黒パンと燻製のような魚料理。リガの市場で見たような魚。私にサービスしてくれた男の子は優しく楽しくサービスしてくれて一人ランチだったけれども気持ちよかった。

最後に頼んだカプチーノのコップの下に手書きでのサインが書かれていて楽しくリラックス。美味しくて楽しかったと拙い英語で伝えた。しっかりスケッチしてお店の名前もきっちりと絵に描く。お気に入りの絵になった。

2018年6月27日 タリン 2日目

お土産もそろそろ買ってみる。リネン、木製のナイフ・・とか。お気に入りのセーターストリート、太っちょマルガリータを描いてみる。気になっていた1868年からのチョコレートショップのケーキとお茶を楽しむ。注釈)タリン最古カフェが「マイアスモック(Maiasmokk)」

タリンのアパートメントを片付けてヘルシンキ行きの船に乗る。

いつも次に行くところは散歩の時に下見に行ってみることにしている。昨日、港まで行く途中に馬鹿でかい太い煙突を見つけた。なんだろう。遺物でも無く、若い人が出入りしていたが・・。

バイキングラインの港にカートを引っ張って行く。この道は地道で結構疲れた。車道は大型の荷物を積んだ車がいっぱいだったから歩くのはやめた。

このバイキングラインは昨日ネットで買い求めた。シリヤラインより安かった。今まで乗ってきた船は日本でブッキング(予約)していた。船の中はいっぱいの人だったので素早くロビーの椅子を確保した。椅子の仲間は私と似たり寄ったりのおばさん。犬も連れていた。2時間くらいでヘルシンキに到着。もう慣れたトラムでホステルに到着。ホステルだけどトイレもシャワーも自分の部屋についている。本当にシンプルな部屋。ベッドは小さい。体が大きい人は転げ落ちそう。明日は早くにロシアに行き、大きな荷物は預かってくれるので2泊分の荷物を作る。

夜のご飯は映画で有名なカモメ食堂に。お客さんは日本人のツアーのフリータイムの人ばかり。サーモンはなかなか美味しかった。カードで支払ったらマサコさんと声を掛けてくれてなかなか日本びいき。経営はフィンランド人。そりゃそうですね。

2018年6月28日 ヘルシンキからロシアへ

乗り遅れないように昨日チェックしてたので歩いてヘルシンキ中央駅に着く。朝食を又同じ店で食べる。前に見た老人も同じ席でコーヒーを飲んでいた。

アレグロは早めに駅に到着していた。スー・・と出発したが、横にもガタガタ揺れる。フィンランドの鉄道の改札の後、ロシアの鉄道の改札があり、出入国の書類を渡されて記入する。見にくい書類。勿論ロシア語で小さく英語が記入してある。細かい文字を見ていて「うっ」と気分が悪くなり慌てる。以前に乗り物に酔って大変になったのを思い出して、慌てて酔い止めを飲む。ひたすら回復するのを待つ。ウトウトしていたら騒がしくイミグレーションの人たちが数人チェックしにきた。ジーっと見てスタンプを押してくれた。なんとなく気分は治った。ロシアはWiFiを契約しなかったから地図がすごく不安。グーグルマップのオフラインダウンロードしてきたけど、丸ポチしか知らせてくれない。

駅でタクシーが沢山客待ちしていて呼び込まれるた。すっきり1000ルピーと言われたが、なんとか他の手段がないかと考える。駅の女性に言うと、若いボランティアの女性を呼んでくれた。行きたい所を見せたらアイフォンのメモに打ち込んでくれてよくわかった。地下鉄で行くようだった。切符を買えないので駅の人に聞いて窓口で4.5ルピーを払うとコインをくれる。それを改札機に入れると開く。言われた通りの駅に向かい、降りたところでまた聞くという、ずーっと聞いてばかりでアパート近くまでたどり着いた。が、やっぱりアパートがわからずまた聞いた。若い男性がアパートの前まで連れて行ってくれただけでなく、アパートのオーナーにも電話してくれた。親切なロシア人に出会えた。アパートの目的の部屋は古い建物の4階なのでちょっと大変だった。

とりあえず様子を見ようとメトロを乗り継ぎエルミタージュにたどり着く。ネヴァ川に沿ってドーンと立っている。明日の予約なので様子を見る。聖イサアク大聖堂を見たりしている。暑すぎてワールドカップの帽子など買ってしまう。帰宅中にスーパーで食料品を買い久々にバスタブの風呂に入る。そこで発見。水に色がついている。ついさっき沸かした水を飲んでしまった!大変と慌てて4階から降りて水を買いに。ここでアクシデント。出たところが中庭で中庭から私が持っている鍵では戸が開かない。大声で助けて!と言ったら機嫌の悪そうなおばさんが開けてくれた。不注意だった。ありがとうと言うしかなく言葉は通じない。英語は若者の一部しか通じない。因みにアパートのオーナーは英語が話せない。全ての会話はアイフォンのグーグル翻訳ですませた。できてよかった。このアパートのいいところを探すと洗濯機が付いていた久しぶりに寝巻を洗えた。

注釈 アレグロとは電車の事です。

https://www.tumlare.co.jp/guide/basic-knowledge/rail/allegro/

2018年6月29日 ロシア サンクトペテルブルク

ついにエルミタージュに入場。

オーディオを借りてポイントを見る。

正面のヨルダン階段からそれぞれの部屋は、これでもかと言うほど贅を尽くされている。孔雀の時計や指を噛むキューピッド、カラバッチョのフリュートを弾く、ダビンチ、レンブラントに堪能。途中に休憩していた次の建物に移る。ここは中が新しい作りなっている。ピカソ、ゴッホ、ルノアール、なによりマチスの絵が圧巻。ドンゲンの絵を見て色に憧れた。

ビザを取ったりして少し大変だったけどきてよかった。今回はここだけは学習をしてきた。それはよかった。

2018年 6月30日 サンクトペテルブルクからヘルシンキ

朝は曇っている。部屋を片付けて11時にアパートを出る。昨夜アパートのオーナーからメールが来て、12時にチェックアウトを求めて来た。部屋の鍵は彼のポストに入れて欲しいと言っていた。

最後にサンクトペテルブルクを散策しようとガレリアに。いわゆるモールのようなもので沢山の店がある。モスクワ駅の裏側にある。シャツが洗濯できていないので買おうかうろつき、ちょっと高級な店で試着して大切なショルダーを忘れた。昼ごはんの事を考えていて気が付き慌てて店に戻ったところ、店が保管しておいてくれた。もうだめかと思った。なぜならパスポートが入っていたから。最後にやってしまったと慌てた。かつてフランスを旅した時の悪夢を思い出した。

メトロに乗ってフィンランド駅に。マップ上はすぐ近くのはずなのに見当たらず若い軍人の方に聞くとそばまで送ってくれた。サンクトペテルブルクはモスクワに行くのはモスクワ駅、フィンランドへ行くにはフィンランド駅となっている。離れているから気を付けないといけない。アレグロに無事乗れてホットした。ロシアからはスムーズに。食堂列車でお弁当のようなものを買って晩御飯にする。後はのんびりホステルに帰る。

2018年 7月1日 ヘルシンキ 最終日

最後の宿を後にしてトラム2に乗って駅に着く。取り敢えずロッカーに荷物を入れようと。コインがいる。最低2ユーロで6ユーロいる。最後の50ユーロがいつの間にかマジックのように消えている。焦る。小銭ユーロはギリギリ6ユーロある。日本人の男女がいたので両替して欲しいと頼み込む。優しい男の子が両替してくれた。

これで持ち金全くゼロ。日本円を両替しようかと考える。ボランティアを見つけて空港までの事を聞く。バスの発着を教えてもらう。カードでチケットが買えるので安心した。まだまだ時間があるのでショッピングに出かける。初日に行ったマリメッコバーゲンを目指して。歩いて行ける距離だ。ショッピングの街は閑散としている。残念ながら日曜日は12時からしか開かないみたい。肌寒いのでKAPPEIと言うまぁまぁ有名な店で開店時間まで待つ。パニーニとコーヒーで粘る。時間が来たのでお店に行くが、旅の最初に来た時に目を付けていたものは大方売れてしまっていた。諦めて再び駅に戻りインフォメーションにまた聞くが、私がキオスクで買ったのはどうやら電車の切符らしい。やれやれどうすればよいものかとバスのターミナルにいると、男の人が話しかけてきて、フィンエアーのバスに乗ればと言っている。自分はあのバスのドライバーだと。今から休憩に入るそうだが、出発の時間を教えてくれた。そして支払いにカードを使えると教えてくれた。電車の切符5ユーロは無駄になってしまったがバスを利用することにした。このバスは20分おきに出ている。

無事にヴァンター空港に着き前日にチェックインしていたので荷物だけ預けてリラックス。ヘルシンキ空港はいつも来ているからあまりもう興味がないので搭乗まで待つ。あちこち船やバスや列車で巡った旅もいよいよ終わり元気で帰れそうだ。

旅の始まる前、途中で体調が悪くなったり、歯が痛くなったりトイレに困ったりしたらと去年感じなかった不安を感じたりした。それなら気ままな旅ができないツアーを選ぶか?それはノーだ。Wi-FiもあるしAmazonの音楽もあるし自分中心に段取りをすればかなり不安要素はなくなると思う、と今回再確認した。

帰宅後、旅の思い出を絵に残したり、このような文を書いたりして失敗やその時の気持ちなんかを思い出すことは至福の喜びと思う。

旅の計画は運賃のことを考えて安い時に購入してキャンセル可能な宿を決めながら行程を考え、何度も変更しながらその国その土地を知ろうとしながら自分の思いを込めて行く。絵を描く事をまずはしたい。美術館にも行きたい。初めての土地の佇まいや人々を眺めて見たい。駅があればそこで人の流れを見たい。その土地で食されているものを試してみたい。レストランでおどおどしながらもその土地の人々の食べて楽しんでいる様子を見たい。

旅は日常から離れた旅の日常が生まれる。たった16日間、日本の気ままな生活から離れ、旅の毎日の行動を考え時間を守り食事をプランしていく事は自分への冒険でもあるかと思う。冒険こそ生きていく大切な指針かと思う。無謀なことは、いWi-Fi(インターネット)を与えられた事でかなりの事は無謀でなくなった。後は一歩出る勇気と好奇心を養う事と自分の体を知ることだ。

刻み込まれた記憶が日常の生活から時として浮かんでくることがとっても嬉しい。その時は微笑んでいる自分がある。

1日だいたい15000歩 歩いた。インスタント味噌汁10個、カップ麺3個が役に立った。帰宅後、白米と味噌汁が本当に美味しかった。私は日本が好きなのかも。

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